2006年03月04日

小笠原諸島父島の旅2日目[戦跡探検ツアー]

太平洋に昇る朝日をおがさわら丸から見たくて、5時半起床。
しかーし外は曇り。日はほとんど見えず。→寂しく二度寝。

遅い朝食のあとに見えてきたのは、小笠原諸島最北端のケータ列島。しばらくすると
otoutojima.JPG 弟島、兄島も見えてきた。

titijima1.JPG 父島も見えてきた。

titimati1.JPG 
ついに街が見えてきたー!と思ったら…

titioki.JPG 停泊していた船が寄ってきて

titidemukae.JPG 
なんとお出迎えの船でした!
子供たちが手を振って「おかえりー!」と叫んでいます。そう、おかえりなのです。

titityaku.JPG 

竹芝桟橋をでて25時間半、父島二見港に到着しました。
到着してしばらくはびっくりと戸惑いの連続。
だって、その強烈な日差しと、見たことのない青い青い海と、街の後ろに立つ岩山と、その岩肌にでろろ〜とぶら下がるこれまた見たことのない植物。等々。
南国ではあるけれど、トロピカルとも内地の港町とも違う街の雰囲気。
「すごい所に来ちゃったな、どうしよう」という気持ちでした。わくわくしつつも。(笑)

先ほど船が到着したところから徒歩1分の所で、
こーんな砂浜が広がっているのですよ。oomura2.JPG
大村海岸。サンゴが散らばる白い砂浜と水色の海を見て、ますます「どうしよう!」。 

腹ごしらえ、島魚のサラダランチ。 simauoranti.JPG


午後からは戦跡探検ツアーに参加しました。
太平洋戦争開戦時、父島には陸軍と海軍の要塞が配備されていました。
壕や高射砲、トロッコ跡などが今も多数残されています。
案内された夜明山はトーチカや要塞跡で洞窟だらけ。
地上戦こそ行われなかったものの、父島も空襲や艦砲射撃による攻撃を受けています。
ここから多くの若者がサイパンや硫黄島に飛び立ったはず。
父島に行くからには、オブジェではないそれらを見ておかねばならないと思ったのです。

   sennseki.JPG
        sennseki2.JPG
             senseki3.JPG
                  senseki4.JPG




titiyuuhi.JPG

初めて日本地図帳を開いた小学生の頃からずっと気になっていたこと。
「なぜ小笠原諸島はファミリーなのか。」
父島、母島という名の他に、兄島、弟島、姉島、妹島、嫁島、孫島などの名があり、太平洋に大家族が広がっているのです。
でも、どの本もガイドブックも答えを教えてくれませんでした。
それで、父島在住である戦跡ツアーを案内してくださったガイドさんなら教えてくれるかもしれないと、期待していたのです。

ガイドさん、「女性の前でこういうことを言うのも申し訳ないですが」と前置きした上で丁寧に教えてくださいました。

父島には男性の象徴の岩があり、母島には女性の象徴の山がある

つまり、最初に小笠原諸島を巡検した人物にはどうやらそのように見えたらしいのです。
そこからまず父・母と名前を付け、その周りに広がる島々にファミリーを割り振ったのであろう、と。


どおりで、誰も教えてくれないわけだ。
十数年間のギモンがめでたく解決した1日でした。
posted by どみ at 23:59| 埼玉 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どみさん、こんばんは
ドキドキしながら小笠原諸島旅行記を読んでおります。写真も景色もさることながら旅行記事に適切で、しかも美しい。記事も臨場感があり、どみさんの小笠原での気持ちが伝わってきます。
小笠原諸島がファミリーな理由もわかりました。:)
Posted by Amehare at 2006年03月10日 23:28
きちんとしたものをしっかり見てらしたんですね。
小笠原諸島なら僕も行ってみたいけれど、
グアム・サイパン・テニアンには、観光で行く気がしません。
僕は小学生の頃から戦記物をよく読んでいたし、
父がグラマンに銃撃された時の弾丸や薬莢が家に残っていたり、
まだ祖母の家の庭に防空壕の跡が残っていたような子ども時代でしたので。
中学の時には担任が海軍の一式陸上攻撃機の操縦員だった人で、
放課後、教室に残って、戦時中の話も良く聞きましたっけ。
今日のブログを見ながら、昔を思い出してしまいました。
Posted by hide at 2006年03月11日 01:27
こんにちわぁ♪ カカオです。
小笠原に行かれてたんですねぇ(*'0'*)
いいな、いいな、いいなぁ〜
私の中では小笠原と言って最初に思い浮かぶのはメグロですね。
ピエロみたいな鳥さんです。
Posted by カカオ(ブログdeフォトコンテスト) at 2006年03月11日 03:19
Amehareさん。
コメントありがとうございます。
小笠原がファミリーな理由、納得していただけましたでしょうか。(笑)
母島の象徴のほうは確か小笠原諸島の中で最高峰だったと思います。地図帳にも載っていると思います。
父島の象徴は、国土地理院の25000分の1の地形図にも見当たりません。残念ながら。(笑)

事後報告になりましたが、Amehare's Photoをリンクに加えさせていただきました。
「自分の中にあるイタリアのイメージを追体験し確認してきただけなのかもしれない」という一文がとても心に残っています。父島でも時々思い出していました。



hideさん。
hideさんの世代だと、さすが内容が濃いですね。
私の祖父は、戦争で中国に行きました。
戦場では敵も見方もなかった、誰が撃ってくるかわからず自分以外は皆が敵だった、と言っていました。
父島には大戦中に海を埋め立てて作られた飛行場跡があるのですが、最近、そこに新空港を建設する案が立ち上がったようです。



カカオさん。
あーメグロ!わかります!
昔うちでメジロを飼っていたことがあったので(もしかしたら法に触れてるかも)、メジロもメグロも馴染み深い鳥です。
今回は行き帰りとも日本野鳥の会ご一行様と同じ船でした。
船上で双眼鏡を持って熱心にバードウォッチングされてましたよ〜。


今回私が乗った船には日本野鳥の会ご一行様
Posted by どみ at 2006年03月11日 21:41
あー!入港時の桟橋の写真に写ってます、私…(笑)。

父島の象徴ってあの “岩” のことかなぁ?
小笠原の地名ならこの方(↓)がものすごーく詳しいです。
「月間小笠原諸島」
http://homepage1.nifty.com/Bonin-Islands/

メジロは内地でいうスズメくらい身近な鳥ですね〜。
母島に渡ればハハジマメグロにも普通に出会えると思いマス。
Posted by 青い鳥 at 2006年03月12日 00:18
青い鳥さん。
えぇー!ここにいらっしゃるのですかー!(゚∀゚)わお。
もしご迷惑でしたら、この画像は撤去しますのでお知らせくださいね。

リンクを紹介いただきありがとうございます。
スゴイ!これで父島の象徴の岩がどこにあるのかわかりましたよ!
「巽谷と常世ノ滝上流の分水嶺をなす尾根上の小岩峰」だったのですね〜。
さすが青い鳥さん。ほんとうにありがとうございます!
Posted by どみ at 2006年03月12日 00:41
どみさん,小笠原へ行かれたんですね!

楽しく拝見させていただいております☆

自分も,GWに帰島を考えてますが…
仕事がどうなるかってところです(^-^;
Posted by なっかー at 2006年03月12日 15:35
写真を見てると自分も行ったような気分になるから不思議・・・。
Posted by akisute at 2006年03月12日 22:59
なっかーさん。
小笠原から帰ってくると、なっかーさんの記事がますますおもしろく読めますね。
GWですかー、チケットを取るのが大変そうですねー。健闘を祈ります。清く正しく美しい社会人ならGWか年末年始ですよね。。。

小笠原クロニクルは私も読みました。おが丸に持ち込んで、じっくりと。




akisuteさん。
行ったような気分になってはいけませんよ!
ぜひ見てきてください。(笑)
船で往復51時間の価値はあります。
Posted by どみ at 2006年03月13日 01:45
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