2006年08月15日

終戦の日

20060815.JPG


84歳になる私の祖母が最初の結婚をしたのは戦争中のことでした。

嫁いだ日の夜、夫となったその人に召集令状が届きました。

「早いほうがよい、結婚はなかったことに。」

家同士の話し合いで、離縁はまもなく決まりました。

本当に短い新婚生活でした。


その後、夫だった人は戦死しました。


戦争が終わってしばらくして、祖母は再婚しました。

そして私の母が生まれました。

そして私が生まれました。


8月15日、今日は終戦の日です。
posted by どみ at 23:05| 東京 🌁| Comment(7) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良い記事ありがとうございます。では
Posted by Amehare at 2006年08月16日 00:08
うちの母はヒバクシャです。
未だに被爆の後遺症に苦しんでいます。
祖母も、祖父も、叔母も・・・
一家全滅した親戚もいます。
戦争への道を決定するのは一部の権力者です。
でも、国民一人一人にも監視する責任はあります。
戦争をして苦しんだり悲しんだりするのは、大多数の庶民です。
戦争をしてはお終いなのです。
戦争をしてはいけないのです。
Posted by balooのママ at 2006年08月16日 16:18
Amehareさん。
お気持ちうれしいです。ありがとうございます。
1945年の8月15日はよく晴れて暑い日だったと聞きますが、どんな空だったのでしょうか。
ひまわりは帰省した近所に咲いたものです。


balooのママさん。
コメントありがとうございます。
戦争に翻弄された祖母の若い頃を私が忘れないのと同じく、balooのママさんがここに書いてくださったことを私は忘れません。
「国民一人一人にも監視する責任」が特に心に残りました。
Posted by どみ at 2006年08月17日 01:52
やはり皆さん、色々とドラマがありますね(ちょっと例えが適当ではないかもしれませんが語彙が少なく・・・すみません)。

私も、親父が広島市内から疎開するのが1日遅れていたら、この世にいませんし。

そう考えると、(いちおう)平和が続いている日本に感謝しなければ、とか色々考えさせられてしまいます。
Posted by みりおじ at 2006年08月17日 23:45
みりおじさん。
「戦争を知らない」と若い世代は言いますが、戦争を生きた人々の子孫として生まれてきたはず。
「知らない」なんて言っちゃあいかんと思うのです。と、ちょっと熱く語ってみました。^^;
Posted by どみ at 2006年08月18日 01:40
自分の祖母は、二人とも疎開先で結婚したので
父も母も、戦争がなかったなら生まれていませんでした。
そういう意味では、自分も「戦争のおかげで生まれた」人間の一人です。

自分という存在は、多くの方々の犠牲の上に
成り立っているということを改めて実感しました。

こんな自分に出来る事とは、何なのか。
答えは今でも出ていません。
Posted by かわ。 at 2006年08月20日 23:46
かわ。さん。

 >答えは今でも出ていません。

大切なのは、答えを出すことではなくて、自分にできることは何なのかを考えること、のほうですね。

かわ。さんにできることはこれからたくさんあるはず、それこそエヴェレストより高くマリアナ海溝より深く。
ほんとうに良いお仕事を選ばれましたね。
音楽家は心を癒すお手伝いはできても体を治すお手伝いはできませんからぁ。(笑)
Posted by どみ at 2006年08月21日 00:48
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