2006年08月31日

とある“曲おり”の日

オーケストラで協奏曲などを演奏する時には、大勢で舞台に陣取っている弦楽器各パートの人数を少し減らすことが多い。
1人で戦場に来たソリストに手加減してやるためである。嘘である。ソリストの音をオケが押しつぶさないための人数調整である。決してリストラじゃないよ。
ここで出番を降りることを「おり」「曲おり」などと言う。


もうだいぶ前のことだが、とある公演で私に曲おりのチャンスが巡ってきた。
午前にゲネプロをやったあとに午後に2公演。
私の出番はシンフォニーだけになったので、ゲネ後にはなんと計5時間もの空き時間。
皆が働いて(弾いて)いる間に、選ばれし“曲おり組”は自分の出番が来るまで堂々とお休みできるのだ。なんてすばらしい。


さぁ、この楽しい時間をどう過ごすか。

5時間というと、南東北の実家に帰って茶をすすって犬の散歩もできるくらいの時間である。
1本目の本番などは、実家の電話口でテキトーに演奏して電話中継で舞台にお届けしておけばよい。
誰かが私の席に、私代わりのケータイを置いてくれるだろう。
2本目開演までにホールに帰ってくれば絶対バレないはずだ。という名案は決して口に出さないでおく。

お休み時間に入って最初にしたことは、腹ごしらえであった。
がら空きの楽屋で、ゲネの様子をモニター越しに眺めながら友人と静かな昼食。

「ソリスト、調子良さそうだねー。」
「私たちが舞台に乗っていないからじゃない?」
「そうかもねー。舞台に美人がいちゃ演奏にお邪魔よねー。」
「そうよねーおほほ。」


そんな幸せな会話をするくらいヒマなのだ。
昼食後はすることが何もないので、友人は完全読書体制。
私はじっとしていると体が寝て弾けなくなるので、ホール周辺をのんびり散歩に出る。
紅茶屋を覗き、公園をぶらぶらして樹を眺め、芝生がきれいな学校をうろうろしていると1公演目の開場時間になった。
いらっしゃったお客様に混ざってぞろぞろとホール正面玄関から入り、かわいいレセプショニストさんから「いらっしゃいませ」なんて言われたりする。
「ちゃんと帰ってまいりましたよ」と心の中からごあいさつする。
このまま客席まで行ってレセプショニストの椅子席にこっそり座ってシンフォニーも聴いちゃおうか、なんて壮大な妄想が浮かんだが、それはトイレで流してstaff onlyのドアを抜けた。
舞台の様子をモニターで見ながらゆっくり着替えて、そして、やっと出番のシンフォニーをこなして、またヒマになった。
「あーあ、またイチからやり直しかぁ。。」


さぁ、この時間をどう過ごすか。後半戦である。
散歩はもう飽きた。途中出場だけど舞台で1戦やったしちょっと疲れた。
リターンマッチのための体力は温存しなければならない。
ここでもう一度お外に出て楽しいことをするのが楽隊のあるまじき姿(例・セグウェイに乗ってみるとか美容院に行くとか100万円の買い物をしてみるとか)なのだが、へっぽこはがら空きのおうちの中にとどまった。
友人はまだ本を読んでいる。たぶん目を開けて寝ているのだ。

財布の整理整頓で期限切れのポイントカードは捨てたし、イスをどけて床で柔軟体操もした。
ほつれた黒スカートの裾も繕ったし、この日2度目のお弁当も食べたし。
そこまで済んだら、あとは顔と髪をいじるだけだ。
友人も読書の眠りから覚めて「どんどん化粧が濃くなるよねぇ」なんて言いながら、土台から作り上げていく。
塗れるものはすべて塗り、眉毛を抜いていく。
顔そり器持参でウィィーンとやっている賢者もいた。正直なところ「あ、それ賢い」と思った。
そして、抜くのはあとは鼻毛だけになったなぁという頃に、やっとシンフォニーの出番が来た。
なんだか顔が疲れてきていた。


お客様。
シンフォニーだけの出番の楽員を見つけたら、よーく顔を見てください。特に複数公演ある日。
女性は異様に化粧が濃くて疲れた顔をし、男性は顔を赤提灯にして疲れているに違いありません。
2公演ある時は1本目をお聴きになることをおすすめします。


posted by どみ at 23:59| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | へっぽこの仕事周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
暇つぶし、大変そうですね。
職柄はまったく違いますが、私も昔似たような経験をしたことがあります。その時は映画を見ちゃいましたよ。
今はそんなこともないですが、もし仕事中にそんな時間を頂けるんなら、スーパー銭湯とかに行っちゃうかな。
Posted by ホラ吹きトトロ at 2006年09月04日 00:52
あはは、いずこも同じ・・・
ホールの近所にショッピングモールなんてあったりしたら、もう、衝動買いして大変・・・
本番は、テンションもなかなか上がらないし・・・
練習の時は早く帰れてラッキーなんて思うんだけどね!
しかし、異様に濃い化粧とは・・・
マスカラも何重塗りか・・・
Posted by balooのママ at 2006年09月04日 13:47
いいこと聞きました。2公演あるときは1本目を聴くことにします(笑)

しかし日頃うかがい知れない裏側っていうのは興味深いですね。

# オケとかって非常に洗練されているイメージがありましたが(笑)。

どこの業界も同じようなものかもしれません。


Posted by みりおじ at 2006年09月04日 21:21
あー、ほんとお暇な一日だったんですね(笑)。
Posted by akisute at 2006年09月04日 22:33
上野の文化会館で本番があった日、やはり本番まで結構時間があいてしまった事が。
メンバーはそれぞれアキバやアメ横とくり出していったのですがそこへ震度5の地震が。
電車が全て止まってしまい会場に帰るのにみんな一苦労。
一番大変だったのが有楽町まで行っていたフルートの女性。
全て止まってしまった電車の線路の横をひたすら歩き走り、ヒーヒー言いながら生還。

お客さんも電車が止まってしまい来れなくなったので開演時間が更に遅くなりました。
我がオケが上野で本番をやると不思議と地震がおこるんです。
何か因果関係が?
Posted by にのじ@ばよりん at 2006年09月05日 00:35
ホラ吹きトトロさん。
スーパー銭湯かぁ、いいですね。
岩盤浴とか行きたいんですけどねー、私は小心者なのでなかなか勇気が出ないんですよ。
ほら、気持ちよーく汗を流している時に寝ちゃ…(以下略)
前科はありません。


balooのママさん。
  >本番は、テンションもなかなか上がらないし・・・
あー、それそれ、よーくわかります!(笑)
それに、コンチェルトですでに暖まっている舞台にシンフォニーから乗ると、自分はまだ暖まっていないからなーんか気持ちがついていかなかったり。(←未熟モン)
練習をひとあし早く帰れた日は、夕飯のおかずが1品増えます。


みりおじさん。
  >オケとかって非常に洗練されているイメージがありましたが(笑)。
洗練されているのは舞台上の話でございますよ。
裏のほうは、炎のギャンブラーとかアル中とか阪神キチガイとかハンカチおやじとかばっかりです。


akisuteさん。
あー、超長文なのにお読みいただき感謝します。(笑)


にのじ@ばよりんさん。
 >上野で本番をやると不思議と地震がおこるんです。
そういえば、4〜5日前にもありましたねぇ。(笑)
私はとある会場に行く日(年に5〜6度ですが)、初日に「必ず何かが起きる」というのがありまして。
電車が止まったりコイン駐車場がその日に限って満車だったり衣装のスカートを忘れたり(←自分が悪い)します。

有楽町から生還した女性、大変でした…。間に合って良かった。
そういうこともまれに起こりうるので、空き時間に遊びに出ても心の10%くらいが緊張しています。(笑)
Posted by どみ at 2006年09月05日 01:16
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