寒いよ、かあさん。
食べるものはとうに底をついている。
暖炉にくべる薪もとうとうなくなった。
明日はとうさんの形見の椅子を切らなければならないかもしれない。
ぼくはもうだめだよ。かあさんの温かいスープが飲みたい。
かあさん、ぼくもかあさんのところに行くよ。かあさん…、
という昔話があったかどうかは知らないが、最近寒い。
季候が急に変わったように感じる。東京は冷たい雨だ。
今年は秋があっただろうか。
もしかしたら私が眠っているうちにスキップしてしまったのではないだろうか。
シンフォニーだってよく3楽章だけをスキップして本番に載せるじゃないか。
あぁ、あれは私が本番で寝てしまっただけか。しまったしまった。
そうやって、人間は大切な物をいつの間にかスキップしているのだ。
(ほんのりウソが含まれています。)
私は5月に引越してきたので、この家で初めての冬を迎える。
朝がいよいよ寒いので、押入れから羽毛ふとんを出した。
やっすい旅館のふとんのにおいがついていた。
うちの押入れは旅館だったのだな、と思った。私は微笑んだ。
エアコンは部屋に備えつけられている。まだ新しい。
驚いたことに、暖房機能もついていた。
廉価品のメーカーのそれなので、新しくてもどうせ冷房っきゃないんだろうと思い込んでいたのだ。
リモコンをよく見たら「暖房」のボタンがあった。救われたと思った。
私は疑い深いので、そのボタンを押してみた。
しばらくして暖かい風が吹いてきた。
そのエアコンを見て、私は微笑んだ。
問題は着るものである。洋服である。
この家には夏物しかない。家は狭いし冬物はかさばるので持って来なかったのである。
四季を通じてはけるようなパンツスタイルでごまかすのはそろそろやめたい。
冬物のスカートやブーツをまとっておかないと、あの子洋服はあれだけよ、なんて言われそうだ。
実家に帰った時に冬物をまとめて東京宅に送ってしまおうと思い、まずはスーパーにダンボール箱をもらいに寄った。
そのダンボール箱置き場の近くに、日用品の見切り品コーナーがあった。
洗剤や水切りゴミ袋がとても安くなっていた。引き寄せられた。
品々をキャスターケースに詰めて東京に戻り、玄関の前に立ったその時、私はため息をついた。そして空を仰いで微笑んだ。
大切なダンボール箱のことをすっかり忘れていた。
寒いよ、かあさん。
posted by どみ at 23:59| 東京 ☀|
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